2016.08.31更新

こちらのコラムではここ数回、コンタクトレンズの歴史についてお話をしております。
コンタクトレンズの歴史を、細かくお話ししたかったのには実はわけがあります。
今主流になっている、使い捨てコンタクトレンズが誕生したのには理由があり、その理由こそが、このコンタクトレンズの歴史に深くかかわっているからなのです。

以前お話をしたとおりコンタクトレンズは最初、ハードコンタクトレンズのみでした。
世の中にハードコンタクトレンズが普及すれば普及するほど、アカントアメーバ感染症という疾患が増えていきました。
これは水道水中に生息しているアカントアメーバに感染してしまうというもので、当時販売されていたハードコンタクトレンズのケア製品が、水道水を使うことから原因で発症してしまうようになりました。

またソフトコンタクトレンズが登場すると今度は、レンズに溜まってしまっているタンパク質や汚れによる結膜炎症状や、当時ハードコンタクトよりも手入れの手間が大変だったソフトコンタクトだけに、洗浄や消毒がきちんと行われていないことで、さまざまな感染症を発症する患者様が急増してしまったのです。

このようなリスクを回避するために、衛生的かつ安全に患者様が使えるものをと、使い捨てコンタクトレンズが登場することになったのです。

投稿者: わたなべ眼科

2016.08.25更新

広島県廿日市のわたなべ眼科です。
先日から、コンタクトレンズの歴史についてお話をしてきております。
今日は本格的に近代のコンタクトレンズが、きちんと形になる第一歩のところのお話をさせていただきたいと思います。

現代のコンタクトレンズに繋がるものができたのは、1938年のことでした。
意外とコンタクトレンズの誕生って昔なのです。
コンタクトレンズデビューはソフトではなくハードコンタクト。
polymethyl methacrylateという素材でできており、一般の患者様への普及がはじまりました。

しかしこれは海外の話、日本でコンタクトレンズが患者様に普及し始めたのは1951年。
普及が本格化したのは、1958年です。
1949年に名古屋大学の医学博士 水谷豊氏がコンタクトレンズの開発に着手して完成しました。
この水谷豊氏は、のちに今も存在する日本コンタクト株式会社の創業者の一人になります。
つまり、日本におけるコンタクトレンズの歴史は、名古屋発祥ということになりますね。

その後、1961年ごろになってチェコスロバキアの科学者であるオットー・ウィフテルレ氏が、ソフトコンタクトレンズを作り上げることに成功し、1970年代頭にボシュロム社が発売を開始しました。
そして更に、最近主流となっている使い捨てコンタクトレンズに関しては、1980年代後半から1990年代頭に市販化されました。
それによってコンタクトレンズの需要は更に高まり、利用者も急激に増えました。

投稿者: わたなべ眼科

2016.08.22更新

広島県廿日市のわたなべ眼科です。
わたなべ眼科では、コンタクトレンズの処方に力を入れております。
今日は先日に引き続く形で、コンタクトレンズの歴史についてお話をしていきたいと思います。

1508年、レオナルド・ダ・ヴィンチがコンタクトレンズの原理を発見した後、すぐにコンタクトレンズというものが形になっていったのか?というとそうではありません。
そこから数百年の月日が経ち・・・1888年ごろオーゲン・フィックという人物が、強角膜レンズというとても大きいレンズを、なんと自分の目に装着したことで、コンタクトレンズの歴史が動き始めました。
実際にレンズを目に装着したという行為は、かなり大きな一歩でしたが、装着感が極悪で、すぐに断念したそうです。
このときの記録が書かれている「Eine kontactbrille」という本に書かれている「kontactbrille」が、「コンタクトレンズ」という名称になる由来であったとされています。

そして時を同じにして、オーゲン・フィックに続くようにアウグスト・ミューラーという人物が、オーゲン・フィックと同じようなことにチャレンジします。
しかしやはり装着感が極悪で、30分しか装着していられなかったそうです。

投稿者: わたなべ眼科

2016.08.10更新

皆様こんにちは!広島県廿日市のわたなべ眼科です。
わたなべ眼科では、コンタクトレンズの処方に力を入れております。

いまや、一般的に広く普及しているコンタクトレンズでありますが、皆様の感覚ですと、「気が付いたら、メガネのように当たり前に普及していた」
「ここ20年ぐらいのものよね」
という感じだと思います。

でも意外や意外!コンタクトレンズの歴史は結構古く、今でこそ当たり前ですが、当たり前になるまでにはかなりの時間を費やしてきました。
今日はコンタクトレンズの発想がどのぐらい前に生まれたものかをお話していきたいと思います。

このお話をすると、かなり驚かれる患者様が多いのですが、コンタクトレンズという発想の生みの親は、なんと!かの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチです。
1508年、レオナルド・ダ・ヴィンチがガラス球体の入れ物に水をはり、そこに顔を入れて開眼したところ、入れ物の外の見え方が変わったことから、この原理で視力矯正の効果があると気が付いたとされています。
これがコンタクトの起源であると言われているのです。
今から500年以上も前の話です。
患者様がビックリされるのは、当然かと思います。

投稿者: わたなべ眼科

2016.08.09更新

皆様こんにちは!広島県廿日市のわたなべ眼科です。
夏は、ウイルス性結膜炎などの目の疾患が多くなります。
特にお子様は、学校などを介してバババッと流行してしまうことがあります。

朝起きて目の異変に気が付いたら放置したり市販薬でごまかしたりせず、すぐにわたなべ眼科を受診なさってください。
適切な治療を行ってまいります。

ウイルス性の結膜炎の場合、学校感染症 第3種になっています。
学校感染症 第3種の場合は、病状により医師が感染のおそれがないと認めるまで学校を欠席させるとなっていますので、登校可否に関しては、医師の判断となります。
よく親御様は、「ウイルス性の結膜炎になってしまうと、学校や幼稚園保育園は行けないもの」と思われているようですが、そうと決まったわけではありません。
ですが、医師の診察と判断が重要になってくるのは間違いないので、早めの受診が理想的です。

あと一番いけないのが、医師の診察を受けずに学校や幼稚園保育園へ行ってしまうことでしょう。
これは無駄に、感染を広げてしまう可能性が高くなります。

投稿者: わたなべ眼科